千葉市   「風疹の加害者」

千葉市

昭和後半生まれの男性はこれから「風疹の加害者」になるかもしれない

首都圏を中心に風疹が流行の兆しを見せている。今年に入ってから8月12日までに報告された感染者は22都道府県で139人。

既に昨年、一昨年の1年間に報告された患者数を上回っている。現在の報告されている感染者の約6割が7月23日以降に発覚したものだ。この20日間で80人以上もの感染者が出ている。しかも、この多くが人口密集地帯である千葉県、東京都に集中している。

風疹ウイルスに対する抗体の有無を調べる採血の模様
リンパの腫れが数週間続く……
風疹は風疹ウイルスに感染することで起こるウイルス感染症。感染から2~3週間の潜伏期間を経て首や後頭部、耳の後ろのリンパ節が腫れ、その後発熱とともに全身に赤い発疹が広がる。おおむね発熱・発疹は3~5日程度でおさまる。

過去にはこの特徴と似たような症状を示す麻疹(はしか)の発疹になぞらえて「3日ばしか」と呼ばれていたこともある。ただ、リンパ節の腫れは数週間続くこともある。

基本的に成人の方が症状は重いと言われるが、麻疹に比べると重症化は少ないとされている。

ただ、風疹の合併症として、3000~5000人に1人が、血小板(血液中で血を固める作用を持つ)が著しく減少して、体のあちこちに内出血の斑点が認められる血小板減少性紫斑病を発症する。また、4000~6000人に1人が急性脳炎を発症し、緊急入院を要することもある。
本当に怖いのは……
妊娠20週までの女性が風疹ウイルスに感染すると事態は深刻だ。胎児にも感染し、死産、あるいは先天性の心臓疾患や難聴、白内障などの障害を有して出生する、先天性風疹症候群(CRS)を引き起こす。

全世界では毎年、先天性風疹症候群患者は推計10万人以上発生しているといわれている。日本では2015~2017年の直近3年間の報告はないが、2012~2014年の3年間では風疹が大流行し、患者報告数が1万7000人を超え、45人の先天性風疹症候群の子供が報告されている。

ただ、実際には先天性風疹症候群はもっと多いのではないかと考えられている。というのも、風疹では風疹ウイルスに感染しているのに表面上は症状がでない不顕性感染が15%程度いると言われる。感染症法で先天性風疹症候群は全例報告義務があるものの、見逃されているケースもあるのだ。

不幸にも先天性風疹症候群にかかった子供は早死にする傾向がある。前述の2012~2014年に報告された45人については、その後の動向が追跡されており、約4分の1に当たる11人は生後半年以内に死亡という不幸に見舞われている。また、残る34人でも成長発達の遅れや難聴など複数の合併症を持つケースが報告されている。

また、無事学童期に至っても先天性風疹症候群による先天性の心臓障害などで若くして亡くなるケースは少なくない。

いつ感染してもおかしくない人
現在、風疹に対する治療薬はなく、風疹ワクチンを接種して予防することが最良の対策だ。日本では1994年に予防接種法が改正され、95年4月以降、生後12~90か月の男女への風疹ワクチンの定期接種が義務付けられた。当時7歳6ヶ月未満の子どもとそれ以降の出生者は、ほぼワクチン接種済である。

現在は麻疹ワクチンと風疹ワクチンを混合したMRワクチンを1歳時と小学校入学前の2回接種することが一般的で、これで99%の人で感染予防が可能と報告されている。

しかし、1995年3月以前の風疹ワクチン接種状況は決して満足なものではない。日本で風疹ワクチンの接種が開始されたのは1977年8月。先天性風疹症候群を回避するため、将来妊娠の可能性がある女子中学生への集団接種として始まった。

1989年には生後12~72カ月の男女全員への麻疹ワクチン定期接種時に、風疹ワクチンも含まれた混合ワクチンを選択してもよいこととなった。ただしこの時期は、現在の2回接種ではなく、1回接種だった。

端的に言えば、現在30歳代から50歳代前半の男性で、風疹にかかったことがない人は、いつ風疹に感染してもおかしくない。ちなみに50歳代後半以降の男性は、ワクチン接種を受けていないが、逆に多くの人が風疹を経験したことで風疹ウイルスに対する抗体を持っているといわれている。

実際、今回の7月下旬以降の風疹患者報告の6割以上は30~40歳代の男性で占められている。日本で風疹の感染拡大や先天性風疹症候群の発生を阻止するためには、30歳代以降の男性のワクチン接種をいかに推進するかにかかっている。

もちろん厚生労働省や地方自治体も、この世代へのワクチン接種を呼びかけてはいる。しかし、接種するかどうかは任意で、定期接種の子供ならば無料となる接種費用も1回当たり約1万円(麻疹ワクチンとの混合ワクチンのケース)を自己負担しなければならない。

成人男性のワクチン接種への補助は限定的
ただ、成人男性でも風疹ワクチンの接種に自治体から接種費用の補助が出る場合もある。それは妊娠の可能性のある女性の配偶者や同居者の場合だ。

しかし、この対応も自治体によってまちまちである。全国の政令指定都市20市だけを見ても、妊娠する可能性のある女性や妊娠中の女性の配偶者・同居者への風疹ワクチン接種費用を補助しているのは半数の10市のみ。

しかも、その基準は婚姻関係のある配偶者のみのケース、「パートナー」という表現で事実婚など婚姻関係のない男性も含むケース、同居家族の他の男性も含むケースとバラバラだ。

そもそも女性が日常生活で接触する男性は、配偶者・パートナーや同居家族のみに限定されているわけではない。そのため、現在の制度は先天性風疹症候群の防止には十分とは言えない。
自分だけの問題ではない
風疹への感染は自分だけの問題ではない。もし妻が妊娠中に自分が感染してしまえば、自分の子供を死産または先天性の病気にさせ、早死させてしまう可能性がある。それは妊娠がわかっていない時期においても同様だ。

風疹の感染経路には、患者の咳やくしゃみに含まれるウイルスを吸い込むことによる「飛沫感染」と、ウイルスが付着した手で、口や鼻に触れることによる「接触感染」がある。

風疹に感染した男性が、通勤電車の中、職場や飲食店・買い物先で知らない間に、妊娠女性に風疹をうつしている可能性もあるのだ。

予防接種義務の無かった世代はある意味で「被害者」とも言えるが、それよりも風疹の予防接種をしていないということは新生児の「未必の故意」による殺人や傷害の「加害者」になりうるぐらいの認識を持って欲しい。
制度的な落とし穴
一方で「現在の患者報告制度に柔軟性を持たせないと感染拡大を防ぐには不十分」と指摘するのは千葉市稲毛区の稲毛サティクリニックの河内文雄医師。

現在、風疹は感染症法に基づき全数報告対象となっている感染症の1つであり、診断した医師は直ちに最寄りの保健所に届け出なければならない。

千葉県は今回の風疹流行で最も多くの患者が報告されており、河内医師は7月21日以降、4人の風疹患者を診断した。わずか1ヶ月の間に、1つの医療機関でこれだけの患者が確認されるのは異常事態と言っていい。

河内医師が診断した風疹患者はいずれも男性で30~50代。ただ、河内医師によると「風疹に典型的なリンパ節の腫れは軽微」だったという。

一般に病気の診断では、患者が訴える症状や医師が問診や視覚で確認する個々の病気特有の典型的症状による「臨床診断」と血液検査などによる「確定診断」を総合して最終的な診断が下される。

風疹の場合、確定診断に必要とされる検査には、血液中にある風疹ウイルスに対する抗体を確認する風疹IgM抗体検査や、血液・尿・咽頭ぬぐい液を検体として用いて風疹ウイルスそのものを確認するPCR法がある。

千葉市ではIgM抗体検査は検査委託会社に依頼し、PCR検査は保健所に検体を提出することになっているが、いずれも土日や祝日などに差しかかると検査結果が出るまでには時間がかかる。

河内医師が診断した4人のうち、30代の男性は、クリニック受付のスタッフが診察前に隔離するほど典型的な風疹の全身発疹があった。風疹の典型症状の1つである眼球結膜の充血も目立ったが、頚部リンパ節の腫れは軽いものだった。後日判明した風疹IgM抗体およびPCRは陽性。

患者が受診したのは週末の金曜日で、確定診断が明らかになるのには時間がかかる状況。感染症では拡大阻止のために迅速な報告が必要との判断から、河内医師は、確定診断の結果を待たずこの男性を風疹と臨床診断し、管轄の保健所にすぐに届け出を行った。

しかし、直後に保健所からこの報告を取り消すという連絡があったという。河内医師は「保健所からは典型的なリンパ節の腫れが認められないからと理由を説明され、非常に驚きました」と振り返る。

後にこの患者ではPCR法で風疹ウイルスが確認されたため、報告取り消しが「取り消し」になるというやや珍事となった。

河内医師は次のように語る。

「感染症では多少フライング気味でも臨床診断で患者さんが自ら他者と接しないようにする『自己隔離』に誘導しなければ、感染拡大は防げません。診断の正確さに過度にこだわり過ぎるのは、無駄に感染の機会を増やすだけだと思います」

どうか問い合わせてみてほしい
成人の場合、風疹の症状が後を引くことは少ないが、感染者が増大すれば、社会経済活動に大きな停滞をもたらす。そしてこのことは胎児に対する先天性風疹症候群の潜在的危険性も増加させる。

やや繰り返しになるが、見方を変えれば現在風疹患者の中核である30~50代の男性は、定期接種という恩恵にあずかることができなかった「被害者」ともいえる。

しかし、その人たちはみな「加害者」の予備軍でもある。自分が予防接種を受けたかわからない人は、風疹抗体検査を受けてほしい。風疹抗体検査は、無料で受けられる自治体が多いので、問い合わせてはどうか。

国は東京オリンピックが開催される2020年までの「風疹排除」を目標に掲げている。だが、そのためにはこうした過去の公衆衛生政策に置き去りにされた層に対して、接種費用補助なども含めたより実効性のある対策が必要になっているのではないだろうか。